『暮らしの手帖』は憧れの雑誌の1つだ。掲載される丁寧なライフスタイルを見るたびに、こんな暮らしができたらいいなあと憧れていた。しかも広告が掲載されていないため、忖度もなければ忌憚のない意見を掲載する。まるで『北斗の拳』のサウザーのように退かぬ媚びぬな精神は、孤高の輝きを放っている。
そんな憧れの雑誌『暮らしの手帖』の1974年秋冬号を古本屋で見つけた。今からおよそ50年前にはどんな暮らしを提唱していたのだろうか?興味本位で購入してみるとあまりにも本格的過ぎて驚いた。これを本当に自宅でやっていたのか?昔の主婦はみな、大工かつ料理人としか思えない内容だった。
DIYってレベルじゃない
今でこそ女性でもDIYをやる人も増えただろう。はるか50年前、『暮らしの手帖』でもご家庭で椅子を作るという記事が掲載されていた。その名も「巴里のアパートにあったちいさな椅子」だ。パリのアパートにあった椅子を再現しようというものだ。
「日曜工作で、この椅子を作ることを思いたちました。思ったよりカンタンに作れました」と記事には書いてある。どう見てもカンタンな椅子には見えない。
はい、「木取り図」です。9ミリ厚のベニヤ板にこれを見ながら、設計図の寸法どおりに各部材を切り出しましょう。マジか、昔の主婦はこれで理解できたのか…
おいおい、本格的なドリルが出てきたぞ…
クランプでしっかり固定して糸ノコできれいに曲線を引くとか……できるのか?
なんかノミみたいので穴を開けているぞ…普通の自宅にあるのか、こんな道具。
なおこの椅子、ただの椅子ではない。
なんと脚立に変形するのだ!
今でも十分使い勝手のよさそうな椅子だが、どう見ても素人が簡単に作れるものではない。しかし本誌によると、これが思ったよりもカンタンに作れたのだという。マジか、昭和の主婦。凄すぎやしないか。
豪華すぎるディナー
お次は料理だ。その名も「日曜日のメニュウ」だ。記事によると、たまの日曜日にはステーキが食べたくなるらしい。しかし、国産の牛肉は高いので外国産の安い牛肉を使い、美味しく食べるために3種類のソースを作るという。ソースにはベースとしてまず「ジューリエ」を作らなければならない。和食でいう出汁的なものだ。
そうして作ったジューリエをベースに、まずはマッシュルームソース。
そしてボルドレーズソース。
最後にベアネーズソースだ。
ママが「今日はステーキよ、ソースは何がいい?」ときくと「ボクはマッシュルームソース!」「あたしはボルドレーズソース!」「よ~し、パパはベアネーズソースにしちゃうぞ」みたいな会話でもあったのだろうか。面倒臭い家族だと思わず、ママは3つのソースをちゃちゃっと……作れるかぁぁぁ!
それもそのはず、料理のレシピはホテルの料理人の監修だ。自宅でホテルの味を当時のママは作っていたのか?ママに求めるハードル高すぎやしないか?マジで凄すぎる。
さらに各国料理も
昭和の主婦はステーキだけではない。様々な国の料理を作ることもできるのだ。
帝政時代のピロシキに、
おそうざいふう中華料理。
もちろん和食も作れる。それも薄味の大阪風いなりずし、きつねずしだ。
今日は和食にするか、それとも洋食にするかどころではない。帝政時代のロシアのピロシキにするか、中華風鮭とうふにするか、大阪風いなりずしにするかだ。どれもこれも手間がかかりそうな料理ばかりだ。
気軽にピロシキ作ってなんて家族が言おうものなら、現代では険悪な雰囲気になるだろう。だが昭和の主婦は『暮らしの手帖』に載っていたから作ってみたわよ、ぐらいの勢いで食卓に出てきそうだ。
完璧過ぎる昭和の主婦
最早主婦ってレベルじゃない。家具を作れるような大工技術があって、ホテルの料理や様々な国の料理を作れるスーパー主婦だ。
さらにおしゃれで…
押し花なんかも作れたりする。
手先が器用でおしゃれで、家族のために日々手間をかけて料理を出す。昭和の母親完璧過ぎるだろ!現代だったら副業で、稼ぎを生み出しそうな技術力を兼ね備えている。
この中のどれか1つや2つはすぐ今日暮らしに役立つというが、DIYも料理も本格的すぎて役に立ちそうにもない。だが、いつか暮らし方を変えてしまうかもしれないというので、淡い期待でもしておこう。
もちろん、現代だって雑誌に出てくるような生活をしている人が、日本中にどれだけいるのだろうか。当然昭和でもこんな日々を過ごしていた主婦はそうそういないだろう。だからこそ『暮らしの手帖』は憧れなのだ。できるできないじゃない、夢を見せてくれるのだ。
『暮らしの手帖』のような時代に流されないライフスタイルを提唱する、ブレない雑誌はずっと続いて欲しい。そしてまた50年後に誰かが「100年前の主婦凄いな!」と驚いて欲しいと思った。